終活とは?「暮らしづくり 終活」

なぜ「今」、終活が必要なのか?

日本は今、長寿の国と言われています。
元気な状態で人生の終わりを迎えることができれば問題ありませんが、
もしも・・・・

  • 自分が急な事故にあったら…
  • 介護が必要な寝たきりの状態になったら…
  • 重い病気にかかり余命宣告されたら…
  • 認知症を発症したら…
  • もしものことがあったあなたを支えるのは誰ですか?
  • 家族に、お葬式やお墓の費用を負担してもらいますか?
  • 余命宣告された中で、お葬式やお墓を考えられますか?
  • 認知症や寝たきりの状態の中、自分の思いを伝えられますか?
  • 残された財産の相続で家族がもめたらどうしますか?

残された家族が困らないように、後悔しないように… だからこそ今、元気なうちに万全の準備をはじめることが必要なのです。

何も準備ができていない状態で、「もしも」のことがあった場合、
残された家族がお葬式やお墓、相続、そして身の回りの整理のすべてを背負うことになり、「お父さん(お母さん)のお葬式はこれでよかったのかなぁ」
「もっとこうしてほしかったという希望があったのかも…」
故人の思いを聞くことができなかった家族は、
何年経っても自分たちが執り行ったことに後悔が残ってしまうのです。

人生の明暗を分けた!? 本当にあった「終活」体験談

「終活」を行っていたかどうかで、残された人たちの人生を左右してしまうこともあります。
ここでは、実際に起こってしまった悲劇や心が救われた話など、「終活」にまつわる体験談をご紹介します。
(掲載した内容は一部編集しております。)

  • 故人の意志を示すものがないために起こった嫁・姑の確執 (Aさん 56歳・主婦)
    数年前に大病が発見され急死した主人のことです。 「助かる確率が僅かならば手術をするよりも自宅で過ごしたい」と言っていた主人の意志を尊重して、入院も手術もすることなく主人はこの世を去りました。 急なことだったため、遺言や何かしらの書面もなく本人の口からでしたが、最期の希望を叶えられたことは私にとって後悔はありません。 しかし、主人の母(姑)は違います。治療や手術をしなかった私に対し大激怒……。何年も経過した今でも主人の死は私のせいになっています。

    故人の意志を示すものがないために起こった嫁・姑の確執

  • 自分なりに死の準備をしていた「父の散歩」(Sさん 38歳・会社員)
    同居していた父がある時より一人でふらっと散歩に出かけては、毎回お葬式やお墓関係のパンフレットを持って帰り楽しそうに話していました。「まだまだ元気なのに縁起でもない」と家族からはイヤな顔をされながらも度々散歩に出かけてはパンフレットを持ち帰る日々が続きました。 そんなある日、父が癌で余命幾ばくもないことがわかり取り乱す私たち家族に、お葬式やお墓は準備してあるから大丈夫だよと残し、父はあっけなくこの世を去りました。 ちょうど父の葬儀を準備している時に、一人の葬儀スタッフが近づいてきて、生前父が頻繁に葬儀社を訪れていたことを話してくれました。


    「元気にニコニコと"僕、もうすぐ死ぬんでねー"とおっしゃってはお葬式のことを色々と質問されていらっしゃいました。元気なご様子からきっとご冗談だろうと思っていましたが、ある日火葬炉・焼き場をご案内したところ、涙をポロポロと流されていらして……。」 スタッフの方の話を聞いて私たちは救われました。父に急に死が訪れたわけではない…前もってわかっていて、父なりに納得のいくお葬式やお墓の準備をしていたんだと…。散歩に行くたびに持ち帰ってくるパンフレットは、父にとってのエンディングノートなんだと。

    自分なりに死の準備をしていた「父の散歩」

残された人たちが困らないように、負担にならないように今からはじめてみませんか?人生の「終活」。