終活コンサルタント吉川美津子の終活コラム

石原裕次郎さんの墓所は大本山総持寺。遺骨の一部は相模湾へ

石原裕次郎さんの墓所は大本山総持寺。遺骨の一部は相模湾へ

石原裕次郎さんの墓所は大本山総持寺。遺骨の一部は相模湾へ 先日、川崎市鶴見のほうへ行く用事があったので、久しぶりに曹洞宗の大本山、總持寺へお参りに行ってきました。私が勤めていた葬儀社は、 かつて總持寺の大祖堂の一部に事務所を構えていたため、その当時はよく訪れたものでした。

總持寺は、石原裕次郎さんのお墓がある場所としても知られています。大祖堂の左手が墓地区画となっているのですが、ファンの方が気軽に お参りできるよう、途中には道案内の看板が立っています。その看板のとおりに進むと「裕次郎」と書かれた門標が目に留まります。

石原裕次郎さんのお墓は、仏教の世界観「地水火風空」の五大を表した五輪塔。四角形の方型の地輪の正面には「石原裕次郎」と本名が刻まれ ています。脇にまわると部分「陽光院天真寛裕大居士」と刻まれているのが確認できます。大きな区画の左側には、まき子夫人の歌碑がひっそ りと建っていて、裕次郎さんを見守っているかのようです。

ところで、石原裕次郎さんといえば、ヨットに乗っている姿を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?ヨットと海をこよなく愛した石原 裕次郎さんですから、まき子夫人や兄の石原慎太郎氏は遺骨の一部を海へ散骨したいと希望していました。ところがその当時、「墓地・埋葬等 による法律」では、散骨に関して一切触れられていなかったため、多くの人が違法と解釈していました。つまり散骨についての見解があいまい だったのです。

ところが、次第にこの解釈の是非よりも、法律が新しい時代の要求に対応できなくなったことが指摘され、1990年代に入って当時の厚生省や法 務省より、「節度を持って行う限り違法ではない」という見解が出されました。その結果、後に石原裕次郎さんの遺骨も、遺された人たちの想 いを受けて、相模湾沖に一部散骨されたそうです。

昔から散骨という風習がなかったわけではありませんが、現代の散骨は習俗としての流れを組むものではなく、「その人らしさ」を表現した 葬送方法といえます。

往年のスターの散骨は、その後、多くの人が散骨を考えるきっかけとなったに違いありません。





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