終活コンサルタント吉川美津子の終活コラム

葬儀もお墓も芸術、岡本太郎さん

葬儀もお墓も芸術、岡本太郎さん

葬儀もお墓も芸術、岡本太郎さん 私は葬儀取材だけではなく、お墓の取材も行くことが多いのですが、「一番印象に残ったお墓は?」と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは岡本太郎さんのお墓 です。太郎さんの墓所は、東京都府中市・小平市をまたぐ都立多磨霊園内にあります。

ひときわ大きい区画の岡本さんの墓所には、1970年に大阪で開催された万国博覧会のシンボル・タワー「太陽の塔」を彷彿させる斬新なデザインの墓碑が置 かれています。この墓碑は、「午後の日」という太郎さんの作品のひとつ。ですから、オブジェとかモニュメントと呼んだほうがしっくりくるかもしれませ ん。ほおづえをついた愛嬌のある顔をじっくりみていると、自然と笑みがこぼれてしまうので不思議です。数ある作品の中から、太郎さんのパートナーであ り秘書でもあった敏子さんが「午後の日」を墓標に決めたと言われています。

こちらの墓所には太郎さんのほかに、お父様の岡本一平さん、お母様の岡本かの子さんの墓もあります。一平さんの墓石は、こちらも両手を広げた愛くるし いオブジェ。一方、かの子さんは観音菩薩像の下に眠りっていました。

太郎さんの葬儀ですが儀式は行われず、後日「岡本太郎と語る広場」と題するお別れの会が草月会館にて開催されました。

当時の写真を見るとお別れの会の様子は、いわゆる祭壇があって、遺品があって、というのではなく、まるで空間すべてがひとつの大きな作品のよう。作品 や家具などがランダムに配置され、プロジェクターを使って映し出される映像は正面ではなく壁面から天井にかけて。モダンでダイナミックな演出により、 まさに「芸術は爆発だ」の名言を残した岡本太郎さんらしい葬送空間となっています。

太郎さんだけではなく、パートナーの敏子さんの葬儀も一風変わったものであったと、敏子さんの甥である平野暁臣さんが著書「世界に売るということ」に こう書いています。

「演出の骨格は、時間を象徴する光と、2人の(太郎さんと敏子さん)遺影と、敏子の言葉だけ。祭壇もなければ花さえありません」

焼香の代わりに参列者には入口でカードを渡し、敏子さんへの贈る言葉を書いてもらうというお別れ方法。空間・演出をデザインした平野さんは、「言葉」 を大切にしたいという思いを葬儀に反映しています。ちなみに敏子さんは、太郎さんと同じ場所に眠っています。

墓碑「午後の日」の隣の墓誌には、「岡本太郎 岡本敏子」と2人の名前が刻まれていました。





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