終活コンサルタント吉川美津子の終活コラム

「どこで命を終るのも運です」と遺言を遺していた向田邦子さん

「どこで命を終るのも運です」と遺言を遺していた向田邦子さん

「どこで命を終るのも運です」と遺言を遺していた向田邦子さん ユーキャン新語流行語大賞で「エンディングノート」がノミネートされたのが2011年。「家族に負担をかけたくない」「自身の身辺整理をしておきたい」という終活意識の高まりもあって、エンディングノートはシニアの間ですっかり市民権を確立した感があります。 しかし、エンディングノートが注目されるずっと前から自分の思いを遺書のような形で遺している人はたくさんいます。

 今日はその一人、作家の故・向田邦子さんをご紹介したいと思います。向田邦子さんは1981年8月22日、台湾に旅行中、航空機墜落事故で亡くなりました。享年51歳。45歳の時に乳がんを患い、健康に不安があったからでしょうか、家族に遺言を残していたことが事故後判明しました。

 旅行に行くときには、いつも妹の和子さんに「もしものときは、テレビの上にメモがあるので見てください」と言っていた邦子さん。その言葉どおり、  5月2日の日付が入った原稿用紙4枚にわたるメッセージが入った茶封筒が発見されました。

 遺言といっても公証人が立ち会った公正証書遺言でもなければ、ハンコもなく、 署名もないため自筆遺言としても成立しない「遺言もどき」。5月2日の日付にしても 年代が特定できず、さらに内容も不正確だったそうですが、「万が一の場合、次のように してください。」から始まっているそのメッセージには、預貯金、不動産、骨董品、印税など、 財産に関する項目が書かれ、そこから考え方、生き方、家族に対する思いを感じ取ることができたと 和子さんは後に著書「向田邦子の遺言」に記しています。さらに、実家暮らしの頃から亡くなるまで 常に複数の猫を飼っていた邦子さんは、猫の世話についても「生きものですから、あまりさびしい思いをさせないで、 命を全うさせてやりたい。」と兄弟に託していました。

この遺言の最後は、このようなメッセ―ジで締められています。

「どこで命を終るのも運です。体を無理したり、仕事を休んだりして、骨を拾いにくるこ とはありません。」

「仲良く暮らしてください。お母さんを大切にして、私の分まで長生きすること。」

 自身の運命を、事故に遭うことをまるで予想していたこのような一文、そして死後の 青写真を描いていた邦子さん。和子さんは何度も読むうちにこれは「遺言状の行間にメ ッセージがちりばめられていて、何度も何度もそのことを考えていると、点が線になって つながっていくのが、だんだん見えるようになった。」と感じたそうです。


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